父の日に読みたい短歌11選|近代歌人が詠んだ「父への想い」

短歌 父の日
※本記事はアフィリエイト広告を利用している場合があります

六月の第三日曜日、父の日がめぐってくると、ふと父の背中を思い出す人もいるのではないでしょうか

照れくさくて言えなかった感謝、老いた父の横顔、そして二度と会えなくなってしまった日のこと——。

明治・大正・昭和を生きた近代の名歌人たちもまた、「父」への思いを詠んでいます

この記事では近代歌人による「父」の短歌11首を紹介します。

目次

父親の愛情と温もりを詠んだ2首

父の愛は、言葉よりも行動や情景に滲み出るものです。

月夜のこほろぎが鳴く夜、炉辺で燃える炭火——近代の歌人たちは、日常のひとこまの中に父への深い愛情を見出していました。

父の日に、こうした温かみのある歌を読み返すと、遠い記憶がよみがえるかもしれません。

父の背をこするほど強く
この父愛し月夜こほろぎ

北原白秋
出典:『雀の卵』(アルス、1921年)
現代語訳:父の背中をこするほど力を込めて——この父が愛しい。月夜にこほろぎ(蟋蟀)が鳴いている。
猫
背中をこする力加減に愛情が全部こもっているニャ。「月夜こほろぎ」の音が、その静かな夜のひとときをそっと包んでいるニャン。

あたたかく炭火あかあかおこりたり
吾が児よ来たれ父とあたらむ

前田夕暮
出典:『冬夜集』(1917〜1922年)
現代語訳:あたたかく炭火がまっかに燃え上がっている。わが子よ、こちらに来なさい、父と一緒にあたろう。
猫
「あたたかく」「あかあか」「あたらむ」と「あ」の音が続いて、炉の温もりが口の中でも広がるようなニャ。「来たれ」という呼びかけが、父の太い声で聞こえてくる気がするニャン。

父と子の情景を詠んだ2首

父と子が共にいる情景は、それだけで一枚の絵になります。腕の上でまどろむ嬰児の笑み、月夜に手をつないで歩く親子の姿——。

近代の歌人たちが詠んだ「父と子の瞬間」は、時代を超えて普遍的な温かさを持っています。

父われの腕のうへに眠りたる
嬰兒の唇のものを笑みたる

中村憲吉
出典:『しがらみ』(1917年)
現代語訳:父である私の腕の上で眠っている赤ちゃんの唇が、ふと笑みを浮かべた。
猫
「父われ」という言い方に、新米父親の誇りと慈しみが凝縮されているニャ。眠る赤ちゃんの口元がふと微笑む、その瞬間だけを切り取った31音が、父の幸福感をそのまま伝えてくれるニャン。

山の上に月はいでたり
わが兒よ父と手をとりまた徒步ゆかむ

古泉千樫
出典:『屋上の土』(1917年)
現代語訳:山の上に月が出た。わが子よ、父と手をとって、またこうして歩いていこう。
猫
月夜に子どもと手をつないで歩く父親の姿が目に浮かぶニャ。「また」という一言に、何度でもこの時間を繰り返したいという父の願いが込められていて、じわっとくるニャン。

老いた父の背中を見つめた2首

子どもの頃は大きく見えた父が、いつのまにか歩みが遅くなり、背が丸くなっていることに気づく瞬間があります。

老いた父の姿を目にしたとき、こみあげてくる複雑な感情——近代の歌人たちもそれを静かに詠んでいます。父の日の今日、そのまなざしを借りてみましょう。

ならび行き遲れがちなる
わが父の老いたるみ面(おもて)ひそかに仰げり

古泉千樫
出典:『靑牛集』(1918年)
現代語訳:(父と)並んで歩いていると、だんだん遅れがちになる父の、老いた顔をそっとのぞき見た。
猫
「遅れがちなる」という一言で、歩くたびに少しずつ広がっていく距離が目に浮かぶニャ。「ひそかに仰げり」という控えめなまなざしに、子の遠慮と切なさが滲んでいるニャン。

老いらくの父を思へばおのづから
頭ふかく垂れ安き空しなし

北原白秋
出典:『雀の卵』(アルス、1921年)
現代語訳:老いていく父のことを思うと、自然と頭が深く垂れる。心安らかな空などどこにもない(気がする)。
猫
「おのづから頭ふかく垂れ」——意識せずに頭が下がってしまうという表現に、父への敬愛と不安が一緒になった気持ちが感じられるニャ。「安き空しなし」の重さがじんとくるニャン。

面と向かっては言えない「ありがとう」も、父の日というきっかけがあればきっと届くはず。ささやかな贈り物が、普段は照れくさくて口に出せない感謝の代わりになってくれます。

(Amazon)

亡き父を偲び、面影を追う3首

亡き父を詠んだ短歌は、悲しみよりも、むしろ静かな継続として父の存在を詠むものが多いのが特徴です。

雨の中に、旅の道に、父の面影はまだそこにあります。

この雨に朝草刈らす人のかげ
父に似て見ゆ父は今あらぬ

古泉千樫
出典:『靑牛集』(1920年)
現代語訳:この雨の中で朝から草を刈っている人の姿が、父に似て見える。だが父はもうこの世にいない。
猫
雨の中の人影に父を見た瞬間——「父は今あらぬ」という結句がずしんとくるニャ。人影が一瞬だけ父に重なって、また遠くなっていく、その切なさが31音に凝縮されているニャン。

死にませるわが父ながら天地(あめつち)の
中にし坐(いま)すとおもふ戀しさ

窪田空穂
出典:『泉のほとり』(1918年)
現代語訳:亡くなったわが父だが、この天地(大宇宙)の中にまだいらっしゃると思うと、恋しくてならない。
猫
「死にませる」と言いながらも「天地の中にいらっしゃる」と感じている——その矛盾が、亡き父への恋しさの本質なのかもしれないニャ。大きな宇宙に父を感じる、そのスケールがせつないニャン。

ふるさとに父のいのちはあらなくに
道に一夜をやどりつるかも

古泉千樫
出典:『靑牛集』(1920年)
現代語訳:ふるさとにはもう父の命はないというのに、旅の道に一夜を宿ったことよ。
猫
父がいないとわかっていても、故郷へ向かう道で一夜を明かしてしまった——帰る目的が失われた旅の虚しさと、それでも向かわずにいられない気持ちが伝わってくるニャ。

父から受け継いだものを詠んだ2首

亡き父の形見を身に着けるとき、そこに父の気配がよみがえる。あるいは、父が生前に語りかけてくれた言葉が、ふとした瞬間に胸に響いてくる——。

父から受け継いだものは、形のある着物だけでなく、言葉や教えとして生き続けます。近代の歌人たちは、そうした継承のかたちをそっと詠んでいます。

わが父のかたみの着物みにつけて
しみじみ冬を迎へけるかも

前田夕暮
出典:『原生林』(1917〜1925年)
現代語訳:亡き父の形見の着物を体に着けて、しみじみと冬を迎えることよ。
猫
形見の着物をそっと纏う——父の体温を追いかけるような、温かさと切なさが入り混じった感覚が伝わってくるニャ。「しみじみ」という言葉に、冬の静けさと父への思慕がひとつになっているニャン。

うつそみはかなしきものを妻子らを
いつくしめよと父はのらせり

古泉千樫
出典:『靑牛集』(1918年)
現代語訳:この世の命ははかないものだから、妻子たちを慈しみなさい——と父はおっしゃっていた。
猫
「うつそみはかなしきものを」——命のはかなさを知っているからこそ、愛する人を慈しめという父の言葉が重いニャ。亡くなった後もその教えが生き続けているのが、この歌の静かな力だと思うニャン。

まとめ——父の日に、一首を読み返してみてください

今回は父の日にちなんだ近代短歌11首を、「温もりと愛情」「老いた背中」「亡き父への思慕」「父から受け継いだもの」「父と子の情景」の5つのテーマに分けてご紹介しました。北原白秋・前田夕暮・古泉千樫・窪田空穂・中村憲吉という5人の歌人が、それぞれの父への思いを31音に刻んでいます。

父の日は、言葉で伝えることが照れくさい感謝を、短歌という形で再発見できる機会でもあります。気に入った一首を心の中で繰り返してみたり、父に見せてみたり——31音が、言えなかった言葉の代わりになってくれるかもしれません。

歌人たちが31音にそっと愛を込めたように、今度はあなたが感謝を形にしてみませんか。日頃の「ありがとう」の気持ちに寄り添う、お父さんが笑顔になる贈り物がきっと見つかります。

(Amazon)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次