六月の第三日曜日、父の日がめぐってくると、ふと父の背中を思い出す人もいるのではないでしょうか。
照れくさくて言えなかった感謝、老いた父の横顔、そして二度と会えなくなってしまった日のこと——。
明治・大正・昭和を生きた近代の名歌人たちもまた、「父」への思いを詠んでいます。
この記事では近代歌人による「父」の短歌11首を紹介します。
父親の愛情と温もりを詠んだ2首
父の愛は、言葉よりも行動や情景に滲み出るものです。
月夜のこほろぎが鳴く夜、炉辺で燃える炭火——近代の歌人たちは、日常のひとこまの中に父への深い愛情を見出していました。
父の日に、こうした温かみのある歌を読み返すと、遠い記憶がよみがえるかもしれません。
父の背をこするほど強く
この父愛し月夜こほろぎ
あたたかく炭火あかあかおこりたり
吾が児よ来たれ父とあたらむ
父と子の情景を詠んだ2首
父と子が共にいる情景は、それだけで一枚の絵になります。腕の上でまどろむ嬰児の笑み、月夜に手をつないで歩く親子の姿——。
近代の歌人たちが詠んだ「父と子の瞬間」は、時代を超えて普遍的な温かさを持っています。
父われの腕のうへに眠りたる
嬰兒の唇のものを笑みたる
山の上に月はいでたり
わが兒よ父と手をとりまた徒步ゆかむ
老いた父の背中を見つめた2首
子どもの頃は大きく見えた父が、いつのまにか歩みが遅くなり、背が丸くなっていることに気づく瞬間があります。
老いた父の姿を目にしたとき、こみあげてくる複雑な感情——近代の歌人たちもそれを静かに詠んでいます。父の日の今日、そのまなざしを借りてみましょう。
ならび行き遲れがちなる
わが父の老いたるみ面(おもて)ひそかに仰げり
老いらくの父を思へばおのづから
頭ふかく垂れ安き空しなし
面と向かっては言えない「ありがとう」も、父の日というきっかけがあればきっと届くはず。ささやかな贈り物が、普段は照れくさくて口に出せない感謝の代わりになってくれます。
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亡き父を偲び、面影を追う3首
亡き父を詠んだ短歌は、悲しみよりも、むしろ静かな継続として父の存在を詠むものが多いのが特徴です。
雨の中に、旅の道に、父の面影はまだそこにあります。
この雨に朝草刈らす人のかげ
父に似て見ゆ父は今あらぬ
死にませるわが父ながら天地(あめつち)の
中にし坐(いま)すとおもふ戀しさ
ふるさとに父のいのちはあらなくに
道に一夜をやどりつるかも
父から受け継いだものを詠んだ2首
亡き父の形見を身に着けるとき、そこに父の気配がよみがえる。あるいは、父が生前に語りかけてくれた言葉が、ふとした瞬間に胸に響いてくる——。
父から受け継いだものは、形のある着物だけでなく、言葉や教えとして生き続けます。近代の歌人たちは、そうした継承のかたちをそっと詠んでいます。
わが父のかたみの着物みにつけて
しみじみ冬を迎へけるかも
うつそみはかなしきものを妻子らを
いつくしめよと父はのらせり
まとめ——父の日に、一首を読み返してみてください
今回は父の日にちなんだ近代短歌11首を、「温もりと愛情」「老いた背中」「亡き父への思慕」「父から受け継いだもの」「父と子の情景」の5つのテーマに分けてご紹介しました。北原白秋・前田夕暮・古泉千樫・窪田空穂・中村憲吉という5人の歌人が、それぞれの父への思いを31音に刻んでいます。
父の日は、言葉で伝えることが照れくさい感謝を、短歌という形で再発見できる機会でもあります。気に入った一首を心の中で繰り返してみたり、父に見せてみたり——31音が、言えなかった言葉の代わりになってくれるかもしれません。
歌人たちが31音にそっと愛を込めたように、今度はあなたが感謝を形にしてみませんか。日頃の「ありがとう」の気持ちに寄り添う、お父さんが笑顔になる贈り物がきっと見つかります。
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