【こどもの日 短歌21選】わが子の健やかな成長を願って🎏時代を超えて愛される親子の名歌

こどもの日 短歌
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五月の空を泳ぐこいのぼりのように、子どもたちが健やかに、のびのびと育ってほしい――。

こどもの日は、わが子の成長を真っ直ぐに願う日であり、同時に大人が「かつて子どもだった頃」の自分をそっと抱きしめる日でもあります。

この記事では、こどもの日にまつわる短歌を、近代・現代の歌人たちの作品から厳選してご紹介します。

目次

近代歌人が詠んだ子どもの姿――花火・桜・海に遊ぶ子どもたち6選

子供が遊んでいる画像

明治から昭和にかけて活躍した歌人たちも、子どもの遊ぶ姿や笑顔を三十一音に閉じ込めています

桜吹雪の中で鞠を追う子、花火に大騒ぎする子、「海が見たい」と言い張る子。百年前の短歌に描かれた子どもたちは、今の子どもと少しも変わりません。旧仮名遣いの向こうに、鮮やかな子どもの声が聞こえてきます。

ちさきもの喜びあひて手を振ると
思ふ櫻の花の雨かな

与謝野晶子
現代語訳:小さな子どもたちが喜び合って手を振っている、と思う。まるで桜の花びらの雨に応えるかのように。
猫
「ちさきもの」って呼び方にもう全部の愛情が入ってるニャ。桜吹雪と小さな手が重なる景色、晶子にしか見えない瞬間ニャン。

桜の花に鞠があたれば桜の花
ぱっと散りたれその鞠知らず

北原白秋
現代語訳:桜の花に鞠が当たると、桜の花がぱっと散った。でも鞠はそんなこと知らない。
猫
「知らず」ってとぼけてるのがたまらないニャ!花が散ったことにも気づかないくらい夢中で遊ぶ子ども、今も昔も同じニャン。

しゅうしゆうと花火ふき出る竹の筒
幼らすでに勢ひそめにし

北原白秋
現代語訳:しゅうしゅうと花火が吹き出す竹の筒。小さな子どもたちはもうすでに興奮しはじめた。
猫
「しゅうしゆうと」という音の写し方が見事ニャ。火花が出るより前から子どもが色めき立つ様子に、夏祭りの興奮が伝わってくるニャン。

火鉢べにほほ笑ひつつ花火する
子供と居ればわれもうれしも

斎藤茂吉
現代語訳:火の明かりに頬を赤く染め、にこにこしながら花火をする子ども。そばにいるだけで、私もうれしい。
猫
あの茂吉がこんなにやさしい歌を詠むなんてニャ。「われもうれしも」の素朴な言葉に、親がいちばん幸せな瞬間が詰まってるニャン。

かきろひの夕げの間をも童等は
心落居ず花火鳴るから

伊藤左千夫
現代語訳:夕暮れ時の食事の時間でさえ、子どもたちは落ち着かない。花火の音がしているから。
猫
ごはん中に花火の音が聞こえたらそわそわするのは、百年前も今も変わらないニャ!「心落居ず」の一語に子どものワクワクが全部詰まってるニャン。

海見むと兒らがいふゆゑ海に來つ
あらしのあとの海濁りたる

古泉千樫
現代語訳:「海が見たい」と子どもたちが言うので海に来た。嵐のあとの海は濁っていた。
猫
子どもに「海!」と言われたら連れていくしかないニャ。濁っていても子どもは大満足、親のため息が聞こえてくるニャン。

現代の子ども――記憶を呼び覚ます山崎聡子・石井僚一の短歌5選

子供が歩いている画像

現代の歌人たちは、子ども時代の記憶を、よりカジュアルに、時にユーモラスに詠んでいます

「さようならいつかおしっこした花壇」「生きているだけで三万五千ポイント」――読むと誰もが「あ、自分もやった」「これが言いたかった」と思い出す、こどもの日に読みたい現代短歌をご紹介します。

さようならいつかおしっこした花壇
さようなら息継ぎをしないクロール

山崎聡子
猫
子ども時代のちょっと恥ずかしい思い出に「さようなら」と言うニャ。「さようなら」って言えるってことは、ちゃんと覚えてるってことニャン。

花の名のしりとりをして子と眠る
花の気配を浮かべた夜に

山崎聡子
猫
花の名でしりとりしながらそのまま眠りにつく夜の幸せニャ。「花の気配を浮かべた」の詩的な一行で、暗い部屋に花の香りが漂ってくるニャン。

頭からタオルケットをかぶる子の
少女になりゆく不機嫌な繭

山崎聡子
猫
タオルケットをかぶって不機嫌な子どもを「繭」と見るニャ。その繭の中でゆっくりと少女へと変わっていく……成長の痛みを感じさせる一首ニャン。

新しい教祖のように迎えられ
麩をちぎる子に鯉のざわめく

山崎聡子
猫
「新しい教祖」という大げさな比喩がおかしいニャ!子どもがえさをやるだけで鯉がわーっと寄ってくる光景、たしかに神みたいニャン。

生きているだけで三万五千ポイント!!!!!!!!!
笑うと倍!!!!!!!!!!

石井僚一
猫
感嘆符の数がもう子どものテンションそのものニャ!「生きてるだけですごい」って、こどもの日にいちばん伝えたいメッセージニャン。

子を見守る親の想い――俵万智・野原つむぎの子育て短歌6選

子供が愛されている画像

俵万智が自身の子育て体験をもとに詠んだ歌は、成長の喜びとともに二度と戻れない時間のせつなさを、やわらかに、しかし深く捉えています。

たんぽぽの綿毛を吹いてやるとき、ランドセルを投げて走り出す背中を見送るとき――読むたびに「今」を大切にしたくなる短歌たちをご紹介します。

たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやる
いつかおまえも飛んでゆくから

俵万智
猫
綿毛を吹く遊びに「いつか巣立つ」ことへの覚悟が重なるニャ。やさしい別れの予告、親にしかわからない感情ニャン。

ランドセル投げておまえは走り出す
渦巻くような緑のなかへ

俵万智
猫
ランドセルを投げるエネルギー、「渦巻くような緑」という景色の躍動感ニャ。子どもの夏休みを全部抱えたような一首ニャン。

星の本を子と読みおれば「月までは
歩いて十年」歩いてみたし

俵万智
猫
「歩いて十年」なら歩いてみたい、という発想が子どもみたいで愛おしいニャ。本を読みながら子どもと夢を共有している夜の温かさニャン。

振り向かぬ子を見送れり
振り向いたときに振る手を用意しながら

俵万智
猫
振り向かない子を見送りながら、それでも手を用意して待ってるニャ。この「用意しながら」に親のすべてが詰まってるニャン。子どもは知らないけど、ずっと見てるニャ。

最後とは知らぬ最後が過ぎてゆく
その連続と思う子育て

俵万智
猫
最後の抱っこ、最後の「ママ」、最後の手つなぎ……全部気づかないうちに過ぎてるニャ。こどもの日に読むと、今この瞬間が愛おしくなるニャン。

手をはなせばどこにでも行く幼子は
生まれたことがこんなにたのしい

野原つむぎ
猫
「生まれたことがこんなにたのしい」の一行で全部吹っ飛ぶニャ。どこへでも走っていく幼子の喜びを、こんなに真っ直ぐ詠んだ歌はないニャン。

こどもの日に短歌で「今」をそっと大切に

百年前の近代歌人も、現代の歌人も、子どもの姿を詠むとき、その眼差しに喜びとせつなさが混ざり合います

花火の音に落ち着けない子ども、桜の雨の中で手を振る小さな存在、「月まで歩いてみたい」という夢想――。
三十一音はそのすべての瞬間を止めておく器です。

こどもの日では、大切な人の成長を祝いながら、一首の短歌を手にしてみてください。かつて子どもだった自分の記憶が、やわらかくよみがえってくるかもしれません。

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“短歌=むずかしい”を、ちょっと変えたい。そんな気持ちから始まったメディアです。自分の「好き」を大切に、ことばを楽しむヒントを発信中。

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