五月の空を泳ぐこいのぼりのように、子どもたちが健やかに、のびのびと育ってほしい――。
こどもの日は、わが子の成長を真っ直ぐに願う日であり、同時に大人が「かつて子どもだった頃」の自分をそっと抱きしめる日でもあります。
この記事では、こどもの日にまつわる短歌を、近代・現代の歌人たちの作品から厳選してご紹介します。
近代歌人が詠んだ子どもの姿――花火・桜・海に遊ぶ子どもたち6選

明治から昭和にかけて活躍した歌人たちも、子どもの遊ぶ姿や笑顔を三十一音に閉じ込めています。
桜吹雪の中で鞠を追う子、花火に大騒ぎする子、「海が見たい」と言い張る子。百年前の短歌に描かれた子どもたちは、今の子どもと少しも変わりません。旧仮名遣いの向こうに、鮮やかな子どもの声が聞こえてきます。
ちさきもの喜びあひて手を振ると
思ふ櫻の花の雨かな
桜の花に鞠があたれば桜の花
ぱっと散りたれその鞠知らず
しゅうしゆうと花火ふき出る竹の筒
幼らすでに勢ひそめにし
火鉢べにほほ笑ひつつ花火する
子供と居ればわれもうれしも
かきろひの夕げの間をも童等は
心落居ず花火鳴るから
海見むと兒らがいふゆゑ海に來つ
あらしのあとの海濁りたる
現代の子ども――記憶を呼び覚ます山崎聡子・石井僚一の短歌5選

現代の歌人たちは、子ども時代の記憶を、よりカジュアルに、時にユーモラスに詠んでいます。
「さようならいつかおしっこした花壇」「生きているだけで三万五千ポイント」――読むと誰もが「あ、自分もやった」「これが言いたかった」と思い出す、こどもの日に読みたい現代短歌をご紹介します。
さようならいつかおしっこした花壇
さようなら息継ぎをしないクロール
花の名のしりとりをして子と眠る
花の気配を浮かべた夜に
頭からタオルケットをかぶる子の
少女になりゆく不機嫌な繭
新しい教祖のように迎えられ
麩をちぎる子に鯉のざわめく
生きているだけで三万五千ポイント!!!!!!!!!
笑うと倍!!!!!!!!!!
子を見守る親の想い――俵万智・野原つむぎの子育て短歌6選

俵万智が自身の子育て体験をもとに詠んだ歌は、成長の喜びとともに二度と戻れない時間のせつなさを、やわらかに、しかし深く捉えています。
たんぽぽの綿毛を吹いてやるとき、ランドセルを投げて走り出す背中を見送るとき――読むたびに「今」を大切にしたくなる短歌たちをご紹介します。
たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやる
いつかおまえも飛んでゆくから
ランドセル投げておまえは走り出す
渦巻くような緑のなかへ
星の本を子と読みおれば「月までは
歩いて十年」歩いてみたし
振り向かぬ子を見送れり
振り向いたときに振る手を用意しながら
最後とは知らぬ最後が過ぎてゆく
その連続と思う子育て
手をはなせばどこにでも行く幼子は
生まれたことがこんなにたのしい
こどもの日に短歌で「今」をそっと大切に
百年前の近代歌人も、現代の歌人も、子どもの姿を詠むとき、その眼差しに喜びとせつなさが混ざり合います。
花火の音に落ち着けない子ども、桜の雨の中で手を振る小さな存在、「月まで歩いてみたい」という夢想――。
三十一音はそのすべての瞬間を止めておく器です。
こどもの日では、大切な人の成長を祝いながら、一首の短歌を手にしてみてください。かつて子どもだった自分の記憶が、やわらかくよみがえってくるかもしれません。

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